37 太極の星⑤

会報「陳家溝」第二号 発行日1995年3月15日

小旺の家の後ろには小さな空き地がある。古老な槐樹(かいじゅ)が一本と、何本かの楡(にれ)の木が立つ、とても静かで稽古によい場所だ。陳家の何世代もの人々がここで夜通し練習を重ね、多大な成果をあげてきた。今日、小旺もまた先輩の足跡を踏んで、専心努力し始めた。努力が実るまでには血と汗を代価に払う必要があり、さらに辛抱も必要だ。小旺は「一日套路を三十遍、一年一万遍練習すること」という文字を紙に書き、ベッドの端に貼りつけた。

あの古老の槐樹は見た。夏の燃えるような陽ざしを浴び、単ズボンだけをはいた小旺が木の下で猛稽古に励み、汗をたらす姿を。そして、その汗が地面を濡らすのを。

あの痩せた楡の木たちは知っていた。冬、北風で寒さが身に滲みるとき、厚着を脱いで汗をかくほど練習に励んでいる小旺を。そして、地面が道路のように踏み固められるのを。

ピカピカ輝いている星たちは見た。深夜、村人たちが早くも夢うつつの世界に入った頃、足音を立てて黙々と練習していた小旺を。

また、夜明けを告げる雄鶏は知っていた。東の空がほの白み村人が目覚めたとき、十何

遍も練習を繰り返していた小旺を。

3年間の国の困難期(’59、’60、’61年)に、小旺は両足が腫れて靴も履けなくなってしまった。それでも彼は思い切って素足で練習を続けていた。長期の栄養失調で体が弱くなり、何遍か通すと喘(あえ)いで止まってしまう。汗が湧くように出た。母はそれを見て、心痛のあまり涙を流しながら、「小旺、しばらく休んでみたら」と声をかけた。「動けるかぎり練習を続けます」と小旺は答え、歯をくいしばって一時も休まなかった。母はトーモロコシの粉をしまっておいた壺の底を掃いて、わずかな粉に糠と野菜を入れ、饅頭を蒸してくれた。夜こっそりと線香を焚いては、「天帝様よ、目を開けてこの強い志を持った息子の願いを叶えたまえ」と祈った。

光蔭矢の如し。小旺は漸々(ぜんぜん)と大きくなっていった。彼は生活の問題を解決しなければならないと考え、大工仕事を習い覚えて、一人前の大工になった。レンガ作りの工場で仕事をし、よく仕事ができるとほめられもした。どんなに仕事をしても、一日も稽古を怠ることはなかった。彼の仕事ぶりを見てみよう。

レンガ作り用の泥を練るとき、小旺は太極拳の動作の名称を大声で叫びながら、両足を交互に踏みつけ、両手を動かす。「金剛搗碓」と言っては右足で強く泥を踏みしだく。「白鶴亮翅」と言っては左足で踏みしだく。「単鞭」と言っては両足を泥に踏み入れ、両手を広げる。こうして力強く足を抜いたり踏み入れたりして、その一挙一動のすべてを太極拳の動作練習に合わせた。泥ができあがると、小旺は体を洗いまたレンガ置き場で練習を始める。大志を抱いた陳小旺は、困難な生活の道を歩んでいた。