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ラカンさん

及川羅漢・ラカン(本名清、1901年生まれ~1988没年87歳 旧、財団法人健康普及会会長)と言う人物をご存知でしょうか、生涯を健康普及活動に捧げた人物です。

彼のスローガンは、「全身顔にせよ、笑いは健康の泉」。

顔はどんなに極寒の中でも素肌で耐えられる。

薄着は健康につながる。

笑いは心と体を健康に保つ。

この事を自ら実践して歩いた人である。

img016外出時の身なりは、1年365日靴は履かず地下足袋、黒の短パン(ベルト付き)、上半身裸(タスキをしている)。

タスキには、上記の文「全身顔にせよ、笑いは健康の泉」と書いてある。

この格好で全国を健康普及の為に行脚する。(彼の事はウィキペディアを始め何人かの方々がネットにて紹介している)

私は、彼の事を良く知っている。それは、私は彼の初孫だからである。

祖父との思い出は余りにも多くここでは語りつくせないが、幼いころの思い出を語ってみたい。

私は祖父と寝るのが大好きであった。寝床の祖父の体温の暖かさと、匂いを今でも覚えている。

祖父は道場(荒川区東日暮里に有り、住まいと道場を兼ね、道場はバレーボールコート一面ぐらいの広さだった)の真ん中で寝ていた。

東京とはいえ冬の木造建ての道場は暖房も無くとても寒かった。

祖父の寝床は真冬でも敷布団一枚、掛け布団一枚であった。しかし、祖父と寝ると外気の寒さは感じずとても温かった。今思うととても不思議である。

祖父は、とにかく生気に満ちていた。各地に激励(普及活動)に向かう時は常に道を走っていた。

それも、声を出して「皆さんごきげんよう、感謝にたえず、わっはっは、おいっさ、おいっさ」初めて祖父を見る人々はその声と容姿に驚く。

祖父を知っている人は声をかける「ラカンさん頑張って!」

つらい時もあったであろう、でも祖父の暗い顔を私は亡くなるまで見たことが無かった。

祖父の活動は多くの人々に支援され、数人の財界人が後援者となっていた。

私が太極拳を始めた頃、祖父はとても喜んでくれた。

道は違えども同じ健康普及に携わって行く私を見て。IMG_20170409_131252

祖父は私の名付け親です。「真」

 

及川羅漢 著書

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