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日本陳式太極拳学会

交流大会 ②

大会の歴史は、①で述べた松戸市民会館から始まりその後、松戸市小金原体育館で10年ほど開催した。

その当時は陳小旺老師招聘記念演武会であり、老師講習会・演武、集団演武、推手試合等を行なった。

小金原体育館は交通機関網の不便さにも係わらず日本中から老師の演武を見たさに数百人の人が集まった。

その後、私が活動の起点を福島に移した2000年、松戸市が建立した柿の木台公園体育館で開催する事となった。

しかし、私が活動拠点を福島に移した事もあり、大会の規模は徐々に縮小傾向に…。

しかし、2011年から徐々に復活❗ 活動拠点も松戸で再開した。

今年の大会では17の加盟団体、演武者数200名で開催された。

遠方からの参加団体は深夜バス、または始発の新幹線で駆けつけてくれた。

出場者はこの日が近づくにつれいつも以上に太極拳の研鑽に力を注ぐ、個々のレベルの違いは有れど皆上達する。この大会の開催目的の一つがここに有る。

会員の集団演武内容も回を重ねるごとに着実に上達している。演武者、大会スタッフ、観客が一つの気持ちとなり陳式太極拳の祭典を一日楽しむ。最後までほとんどの人が帰らない。

毎年各種目の集団演武加盟団体賞が発表されると、参加者が一喜一憂する。

今年の集団演武加盟団体賞は3種目であった。選出は各団体の代表者の投票によって行われる。

その内の2種目を福島陳家溝太極拳道友会が受賞した。この会は以前にも触れたが、新しく2010年に発足された会である。

会の代表者の大槻明さん、伊藤律子さんが中心になり陳式太極拳の正しい普及活動を熱心に行って来た。

その集団演武は誰もが認める内容であった。

そして、大会最後に当会指導員が各種套路演武を披露する。皆それぞれが、日頃の鍛錬の成果を見せてくれた。彼らの演武は中国の大会に出場しても上位の成績を上げるだろう。私は彼らを誇りに思う。

また、今回は大会25周年と言う事もあり、特別集団演武会長賞を授与した。

選出には迷ったが、我孫子太極拳クラブを選んだ。この会は30年もの間、私の太極拳の歴史と共に歩んで来た会である。

そして会長を長年勤めている坂田隆久さんは今年90歳を迎える。

彼は退職を期に太極拳を始め今日まで続けている。キャリア30年のベテランである。今年も会員と共に見事な演武を見せてくれた。

彼は会員皆さんの目標でもある。

私は思う、人生の本当の勝者は坂田さんの様な人だと。

このような大会が毎年続けて開催する事が出来るのも、純粋に陳式太極拳を愛する会員の皆さん、そして準備、運営、雑務に携わってくれたスタッフのお陰と感謝している。 重道IMG_0458 (2)

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日本陳式太極拳学会

交流大会 ①

今年も無事に、年に一度のイベント交流大会が終わった。(ほっ)

早いもので今年25回目を数える。

思い起こせば第一回の大会は、1992年に陳小旺老師をお招きし、松戸市民会館で開催された当会発足式を兼ねての演武会であった。その時は、壇上の上で行なった事もあり、会員の集団演武は無く、小旺老師と私そして指導員だけの演武であった。

その時の事は今でも鮮明に記憶に残っている。

小旺老師は様々な演武を行なって下さった。新架一路、二路、推手、剣、刀、等。

演武会でのエピソードの一つを語ろう。

当時はスチールの刀が手に入らずアルミ合金の硬くて重い物しか当会には無かった。

老師は何も言わず刀を受け取ると、電光石火の早技で迫力の演武を行なった。そして鳴るはずの無い刀が老師が発勁をする度にビシッと音を立てていた。

演武を終え戻って来た老師から刀を受け取り私は驚愕した。何と刀がグネ〜と曲がっていたのである。

大人が力を込めて曲げようとしても曲がりそうもない刀が、演武の発勁で曲がってしまったのである。

私は、改めて老師の発勁の凄まじさを思い知らされた。余談であるが、その刀は二度と元の姿に戻らなかった。(笑)

それから、10年間毎年老師をお招きして会員と伴に交流大会の回を重ねて来た。しかし、2000年福島に私が拠点を移した事により、老師の招聘は頓挫した。

当会の演武会の歴史は古く、1983年から始まる。

当時は麗太極拳(道)友会(当時は会名に道が無かった)単一の演武会で有った。後に1992年に日本陳式太極拳学会が発足し、上記の発足記念演武会から始まり現在の日本陳式太極拳学会交流大会に繋がる。

その間、当会の活動は順風満帆とは言えなかった。しかし、様々な事を乗り越え今日まで続けてこられた事は会員の方々の熱い陳式太極拳への想いだと思っている。重道

つづく

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氣 ・ 気 (qi)

 気とは何か?

 気については世界で様々な言葉で表現されている。インドでは「プラーナ」西洋では「オーラ」ロシアでは「生体プラズマ」と。

私は気とは生命エネルギーで電気の様なものと理解している。よって生命の無いものには気は存在しない。

生命が無くなれば、その生命体に宿る気は消滅する。では、気はどの様にして我々の体に備わり維持されるのか。

気には先天の気と後天の気が有る。先天の気とは親から受け継いだ生まれ持った気である。後天の気とは生命体を維持する為に作られる気である。

では後天の気は、何によって取り入れられるのか、呼吸、水、食物、そして宇宙から受けるエネルギー(各種の光線、物質)からである。また、気は様々な生物体(人、動植物等)からも強い影響を受ける。

私達は日常会話に気を用いる。元気、正気、気合等。しかしその実態を普通意識する事は無い。

東洋の養生法(ヨーガ、気功等)では必ず気を意識する。神道、武道、武術でも同様である。スポーツでも一部の指導者が気の概念を取り入れ指導をしている。余談ではあるが、王貞治選手を育てた巨人軍の名コーチ故荒川博さんは気(丹田)の存在を説いて選手を育てたと言う。

太極拳は気を意識する代表的な武術である。気の存在を意識しなければ太極拳を理解する事はできない。

陳小旺老師に太極拳で一番大切な事は何かと尋ねると、「運気」と答える。

運気については、気が向いた時に述べよう。(笑) 重道cropped-1494241644946-2

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太極拳の指導

今回は、太極拳を学ぶ順序について語ってみたい。

学ぶ事はいろいろ有る。大きく分けて四つになる。基本功(站樁、単・双纏絲、等)、套路、推手、太極拳理論であろう。

何を先に学ぶかは決まっていない。また、学習者の年齢、環境によっても様々で有る。

例えば、陳家溝のように幼少期から学ぶ者は、基本功を徹底的に学ばされるであろう。しかし、外国(日本等)で太極拳を始める者は殆どが成人してからである。中には還暦過ぎてから学ぶ者もいる。

その人達に基本功を徹底して学ばせたら大半は辛くて、挫折してしまうだろう。

私の現在の指導法を述べる。

初心者には初めに套路を指導する。基本套路(陳式制定拳)をある程度覚えてもらう。とは言っても、授業では毎回、站樁、単・双纏絲を全員で行うので、入門者には始めにそれらを簡単に指導する。

しかし、基本功を本格的に指導するのには暫く期間を置く。そして、その指導のタイミングを見る。

理由は二つ有る。一つは套路を覚える事で太極拳に対する興味を持ってもらう。もう一つは生徒の体質、癖を見抜く期間でも有る。

その後、基本功で生徒の悪い所を指摘し、正しい太極拳の姿勢、動作を詳細に指導する。しかし、誰しも正しく理解するには時間がかかる。よって套路と基本功を常に平行して指導する。

基本功で正しい姿勢が出来なければ、套路で出来るはずがない。と、私は長年の指導経験から確信している。

基本功もまた拳歴により要求する内容も深まって行く。

次に太極拳理論である。

一般授業でも理論を語る事は有るが、本格的な理論の指導は指導員研修会で行なっている。実技の伴わない理論は只の空論で有る。

先ず、実技そしてそれを確認する為の理論でなくてはならない。そして、推手の学習へと進む。

しかし、推手を学ぶかどうかは本人の意思に任せる。重道

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向上心

 太極拳を習い続ける人で向上心を持たない人はいないであろう。

しかし、時々こんな事を言う人が現れる。

「私は自分の為に太極拳をしているから別に上手くならなくてもいい」

「ただ気持ち良く太極拳が出来ればいい」

「指導員審査など受けたくない。等々…」

人はそれぞれの考えが有って良いと思う。

では、このように言う人は向上心を持っていないのか。私は違うと想う。

この人達も向上心を持っているから通って来るのです。そうでなければ、何年も続けているはずがない。

私は考える。この人達は人一倍負けず嫌いか、またはプライドが高いのではないかと。だから避けるのです。間違いを指摘される事、直される事を。

また、回りの人の目を気にする。これでは決して太極拳の技術向上は出来ないであろう。

対照的に太極拳拳歴は長くても初心を忘れず常に向上心を持つ人は、積極的に質問し更なる次への課題に向って進む。

この差!が、太極拳技術の進歩の差に繋がる。

余談ではあるが、間違いを指摘される事を嫌う人は、意外と教える事が好きである(小笑)

小さな己のプライドは捨て、大きな人としてのプライドを持つ。

これが大人と言う事だと思う。

重道

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錬成合宿

 IMG_0328当会は1983年()から毎年合宿を続けて来た。

 合宿の行う意義について語る前に、今回はインド仏教の衰退について語る事にする。IMG_0301 (2)

釈尊の遺言。

釈尊は涅槃につく前に弟子達に諭した「仏 法 僧」の教えを守ること。

仏とは指導者、法とは教え、僧とは修行する集団(SANGHA:僧、僧団 )

どれが欠けてもいけない。仏教では、これが釈尊最後の言葉として伝わっている。

しかし、仏教発祥の地インドに何故仏教が殆んど消滅したのか。

それは信者が多くなるにつれて僧侶が集団の経営・運営に意識を奪われ、修行を怠り、地位や名声にこだわり、本来の修行を怠ったからだと言われている。

SANGHAの衰退。

私はこの事実を1979年に訪れたインド仏跡巡りの旅で学んだ。

余談ではあるが日本の太極拳団体もそうならないように願う…。

 

IMG_0312 (2)さて、本題に戻そう当会の合宿では熟練者(指導者)も初心者も同じ套路を学び同じように修行する。

IMG_0304 (2)そして、個人個人が自分の太極拳と長い時間をかけて向き合う。

套路を練って成果を生む。夜の宴会は別として()

よって合宿名を「練成合宿」と言う。

合宿の最後に全員で套路を通す。

すると二泊三日の練習の成果を、参加者全員が気力みなぎる演武で見せる。IMG_0311

私はその演武を見て疲れが消える。

そして来年もまた行う事を決心する。重道

 

()1983年〜1991年までは麗太極拳道友会練成合宿として行った。

 (2017年5月3日〜5日・千葉県山武市蓮沼にて)

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站樁 ③

站樁には型が有る。

とは言っても、重心を下げ膝・股を緩め中腰で立ち、両腕を上げ両掌を内に向けるだけの姿勢で有る。

しかし、人の身体には個人差がある。そして取り組む時間、期間によって姿勢に変化が生じる。

各地の講習会で小旺老師の助手をしていた頃、老師が多くの人々の站樁を手直ししている様子を見てきた。

私も何度も手直しを受けた。徐々に理想的站樁の姿が見えてきた。

指導者は生徒の体質や能力に合わせて理想的な型を手直しする。

ある時の講習会で老師が一人の女性を指差して私に小声で言った「彼女の站樁は直す所がない」。

彼女は初めて講習会に参加した人である。その時の老師の言葉に驚き、私は暫くその人を見ていた。

指導なくして理想的な姿で立てる人は、たぶん百人中一人いるかいないかであろう。

正しく立つ事が、正しく動く事へと繋がる。重道